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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)5251号 判決

原告 山崎証券株式会社

被告 菅野芳郎 外三名

主文

一、被告菅野芳郎、同菅野芳之助、同高橋賢一に対する原告の請求はこれを棄却する。

二、被告橋本不二雄は原告に対し金九万一七九一円及びこれに対する昭和二八年七月五日以降完済までの年六分の割合による金員の支払をせよ。

三、被告橋本不二雄に対する原告その余の請求はこれを棄却する。

四、訴訟費用は全部原告の負担とする。

五、この判決中第二項に限り確定前に執行することができる。

事実

第一、請求の趣旨

(一)、被告菅野芳郎、同菅野芳之助、同高橋賢一は連帯して原告に対し金一三三万一四五七円及びこれに対する昭和二八年七月五日以降完済までの年六分の割合による金員の支払をせよ。

(二)、被告橋本直三こと橋本不二雄は原告に対し金一四二万二三四八円及びこれに対する昭和二八年七月五日以降完済までの年六分の割合による金員の支払をせよ。

(三)、訴訟費用は被告等の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言。

第二、請求の原因

(一)、被告菅野芳郎は昭和二三年一二月頃原告会社に入社し営業部員として勤務していたもの、被告菅野芳之助、同高橋賢一は昭和二七年八月一一日被告芳郎のため原告会社との間に身元保証契約を結び、芳郎が原告会社に勤務中故意又は過失により原告会社に与えた損害につき連帯して賠償の責を負うことを約したもの、被告橋本不二雄は被告芳郎を介し昭和二七年一一月一九日受託契約準則に基き原告会社との間に有価証券の信用取引口座を設け、株式の信用取引を行つていたものである。

(二)、原告会社は昭和二八年一月二六日被告芳郎を介し被告橋本から東京海上火災保険株式会社株式三〇〇〇株の信用取引による買付委託を受けたので、即日右株式二〇〇〇株を一株一一八五円、一〇〇〇株を一株一一六〇円で買付けたが、その代金及び手数料合計金三五四万八九〇〇円に対し証拠金として金一万三五七九円、証拠金代用証券として東京海上火災株一〇〇〇株、日本光学株式会社株式一〇〇〇株、日動火災保険株式会社株式一〇〇〇株が差入れてあつた。而して同年二月四日右日本光学株一〇〇〇株を代金一七万七三八八円で売却しこれを証拠金に組入れ、同月二一日東京海上株二〇〇株を代金一八万五八八〇円で売却し、別口現物取引口座の不足分支払に充当した残額金一万四一八〇円を証拠金に組入れた結果、証拠金二〇万五一四七円、代用証券東京海上株八〇〇株及び日動火災株一〇〇〇株となつた。

(三)、然るに右買付にかかる東京海上株の相場は同年二月上旬以降暴落を続け、被告橋本の証拠金は不足を告げるに至つたので、原告会社は同月半頃被告芳郎を通じ被告橋本に対し、右東京海上株の手仕舞をするか又は証拠金の追加差入をするかを請求したところ、同年三月四日被告芳郎は原告会社に対し手仕舞の猶予を求め、翌五日被告橋本名義をもつて富士車輛株式会社株式一〇〇〇株富士工業株式会社株式三〇〇株、同新株二〇〇株を証拠金代用として差入れたので、手仕舞を差控えた。

(四)、ところが、東京海上株の相場は益々暴落するので、原告会社は同年三月末頃、これが手仕舞及び証拠金代用証券の処分に着手せんとしたところ、被告芳郎は右富士車輛株以下三月五日差入れの分は訴外新堂清兵衛から原告会社が保護預り中のものを流用したことを告白したので、原告会社は同月三一日東京海上株一〇〇〇株を一株四九一円、同五〇〇株を一株四九三円で、同年四月一日同一五〇〇株を一株四八一円で各売却処分した。その結果

(イ)  右株式三〇〇〇株の買付代金及び手数料合計金三五四万八九〇〇円並びに同年二月二五日の継続手数料及び日歩計金七万四九七三円、同年三月二六日の継続手数料及び日歩計金三万一三五九円以上総計金三六五万五二三二円に対し

(ロ)  右株式の売却代金合計金一四五万九〇〇〇円から売却手数料及び日歩合計金九八八八円を控除した残額金一四四万九一一二円の支払を得ただけで、差引金二二〇万六一二〇円の損失となつたので、

(ハ)  同年四月四日代用証券のうち東京海上株八〇〇株を一株金四八一円で、同月九日日動火災株一〇〇〇株を一株金二〇〇円で各売却し、その手数料等を控除した残額合計金五七万七七二五円を得、これと証拠金二〇万五一四七円とを右損失に充当した結果、被告橋本に対し金一四二万三二四八円の債権を有することに確定した。

(五)、右のとおり被告橋本は昭和二八年二月中旬以降度々原告会社から証拠金の追加を請求されながらこれに応じなかつたものであるから、原告会社は以後委託買付株式の処分をなし得べきものであつたところ、被告芳郎が前記のように訴外新堂清兵衛の同意を得ることなくして同人から保護預り中の前記株式を被告橋本のものと偽つて証拠金代用に差入れたため、原告会社は右処分を猶予したのであるが、もしも被告芳郎のこの行為がなかつたならば、原告会社は同年三月四日の終値で手仕舞をしたはずである。この場合の損益計算をすれば、

(イ)、同日東京海上株は一株金七八八円、日動火災株は一株金三六〇円であつたから、売却手数料を控除して東京海上株三八〇〇株分金二九七万一九三五円、日動火災株一〇〇〇株分金三五万五〇〇〇円合計金三三二万六九三五円を得たはずであり、

(ロ)、前記委託買付代金、手数料合計三五四万八九〇〇円及び同年二月二八日の継続手数料等金七万四九七三円、以上総計金三六二万三八七三円に対し、右売却代金残額及び証拠金二〇万五一四七円を控除すれば、損失残額は金九万一七九一円となるべかりしものである。

(ハ)、従つて原告会社は被告芳郎の右不法行為により、前記金一四二万三二四八円から右金九万一七九一円を控除した残額金一三三万一四五七円の損害を蒙つたことになる。

(六)、よつて被告芳郎に対しては不法行為による損害の賠償として、被告芳之助、同高橋に対しては被告芳郎の身元保証人として三名連帯して金一三三万一四五七円及び訴状送達の翌日である昭和二八年七月五日以降右金員に対する年六分の割合による遅延損害金の支払を求め、被告橋本に対しては株式売買受託契約に基き原告会社が蒙つた損害の賠償として金一四二万三二四八円及びこれに対する前同日以降の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、答弁

(一)、被告菅野芳郎、同菅野芳之助、同高橋賢一、

(イ)、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。

(ロ)、原告主張の事実中、被告芳郎が原告主張の頃原告会社に入社し、被告芳之助、同高橋が被告芳郎の身元保証人になつたこと(但し日時は昭和二三年一二月頃である。)、原告会社と被告橋本との間に株主の信用取引があつたこと、東京海上株の相場が昭和二八年二月頃暴落したこと及び被告芳郎が原告会社の命により被告橋本に対し手仕舞又は証拠金追加をなすべきことを請求したことは認めるが、原告会社と被告橋本との取引の内容は知らない。その他の事実はすべて否認する。もつとも、昭和二八年三月五日頃、原告会社が大蔵省から業務検査を受ける場合に備え、被告芳郎の上司登坂誠一郎の諒解の下に訴外新堂清兵衛から保護預り中の株式を被告橋本の証拠金代用証券として差入れたような形式をとつたことはある。

(二)、被告橋本不二雄

(イ)、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。

(ロ)、原告主張の(一)の事実中、被告橋本が昭和二七年末頃から、原告主張の受託契約準則の趣旨に則り、原告会社との間に有価証券の信用取引口座を設け株式の信用取引を行つていたことは認める。

(二)の事実中、被告橋本が昭和二八年一月二六日東京海上株三〇〇〇株の買付を委託し、原告会社が同日その主張のとおり買付をしたこと及び証拠金として原告主張の株式を差入れてあつたことは認めるが、その他の事実は否認する。被告橋本は右株式の外に現金四二万余円を証拠金として差入れてあつたものであり、かつ後述のように同年二月四日買付にかかる東京海上株三〇〇〇株の手仕舞を請求したのであるから、その翌日以降代用株式の売却を依頼するわけはない。

(三)の事実中、昭和二八年二月中旬以降手仕舞又は証拠金の追加差入れを請求されたことは否認する。その他の事実は知らない。

(四)の事実は否認する。

(ハ)、被告橋本は昭和二八年二月四日原告会社から証拠金の追加差入を請求されたが、その差入れをすることができなかつたので、買付にかかる東京海上株三〇〇〇株の売却を委託したから、原告会社は同日これを売却して精算すべかりしものであつて、その売却代金並びに証拠金及び代用株式の売却代金をもつて精算すれば被告橋本は原告会社に支払うべき損失はなかつたはずである。

かりに同年二月四日の前記要求がなかつたとしても、原告会社は同年三月四日被告橋本に対し手仕舞又は証拠金の追加差入れを要求したというのであるから、被告橋本がその追加差入れをしない以上、原告会社としては当然同日の建値をもつて東京海上株三〇〇〇株を売却処分し精算すべきであつたものであり、当時この処置を講じたならば、被告橋本の支払うべき損失額は原告主張のとおり金九万一七九一円であつたはずである。然るに原告会社は自己の使用人である被告芳郎の不法行為により右のような処置を講ずることを怠り損失を増大させたのであるから、右の金額を超える損失額は原告会社の責任において生じたものに外ならず、被告橋本はその支払の責を負わないものである。

第四、証拠

(一)、原告

甲第一、二号証、第三号証の一乃至三、第四乃至第九号証、第一〇号証の一乃至四、第一一号証、及び証人早貸栄次郎、同田村健司(第一、二回)の証言。

(二)、被告菅野芳郎外二名

乙第一号証の一、二及び被告本人菅野芳郎の訊問の結果。

(三)、被告橋本

丙第一号証及び被告本人橋本不二雄の訊問の結果。

(四)、書証の認否

(イ)、原告

乙、丙号証はすべて成立を認める。

(ロ)、被告芳郎外二名

甲第一号証、第四乃至第八号証、第一〇号証の一乃至四の成立は不知、その他の甲各号証の成立を認め、甲第九号証を援用する。

(ハ)、被告橋本

甲第一号証の成立は否認する。甲第三号証の二、三、第九号証及び甲第一一号証の成立は認めるが、その他の甲各号証の成立は不知。

理由

第一、被告菅野芳郎、同菅野芳之助、同高橋賢一に対する請求について

(一)、被告菅野芳郎が昭和二三年一二月頃原告会社に入社し、被告菅野芳之助、同高橋賢一が昭和二七年八月一一日被告芳郎のため原告会社との間に身元保証契約を結んだこと及び被告橋本不二雄が原告会社に委託して株式の信用取引をしていたことは当事者間に争がない。

(二)、証人早貸栄次郎、同田村健司の各証言及びこれにより成立を認め得る甲第七号証、同第一〇号証の一乃至四によれば原告会社は昭和二八年一月二六日被告橋本の委託により東京海上火災保険会社株式二〇〇〇株を一株一一八五円で、同一〇〇〇株を一株一一六〇円で信用取引による買付をしたこと及び当時右取引の証拠金として原告主張の金員及び株式が差入れられていたことが認められる。

(三)、而して同年二月中から右東京海上株の相場が暴落し、被告芳郎が原告会社の命をうけ、被告橋本に対し右株式の手仕舞をするか又は証拠金の追加差入をするかを請求したこと及び同年三月五日頃原告会社が訴外新堂清兵衛から保護預り中の株券が被告橋本の前記取引の証拠金代用として差入れられたことになつていることは当事者間に争がない。

(四)、ところで、証人早貸栄次郎、同田村健司(第一回)の各証言によれば、被告芳郎は被告橋本との取引を担当する社員であつたところから、東京海上株の暴落に伴い証拠金の不足額が増大する一方となつたので、原告会社から証拠金の追加差入を請求すべく命令されたところ、原告会社が前記新堂から保護預り中の株券を、原告会社及び新堂に無断で取出し、あたかも被告橋本から提出されたもののように装つて前記信用取引の証拠金代用としたものであるといい、成立に争のない甲第二号証によれば、被告芳郎は昭和二八年四月二五日右事実を自認したとになつている。しかしながら一方被告芳郎の本人訊問の結果によれば、被告橋本は右追加差入の請求を受けながら手仕舞の猶予を求めたため、被告芳郎の上司であつた登坂誠一郎は、近く行われる大蔵省の業務検査の対策に苦慮し、被告芳郎の助言により同被告に命じて保護預り中の前記株券を取出し証拠金代用の追加差入れの形式を整え一時を糊塗したに外ならず、前記甲第二号証は登坂が事後に責任を被告芳郎に転稼するため強制的に作成させたものにすぎないと供述している。そのいずれが正しいかは軽々に断定できないが、

(イ)、証人早貸、同田村の証言及びこれにより成立を認め得る甲第一〇号証の一乃至四、被告芳郎の供述によれば、原告会社は被告橋本を勧業銀行に関係ある有力な顧客として取扱つていたことが認められ、従つて証拠金の不足が増大するに拘わらず被告橋本の意思に反して手仕舞することをためらい、しかも近く行わるべき業務検査の対策に苦心していた関係上一時的な便法として被告芳郎の供述するような手段をとることもなく考えられないではないこと

(ロ)、被告芳郎の供述及び証人早貸、同田村の各証言によれば、被告芳郎は原告会社と被告橋本との取引につき単なる担当社員であつたにすぎず、昭和二八年当時の本務は公、社債の売買にあつたことが認められ、被告橋本のために原告主張のような違法な行為を敢えてするほどの重大な利害関係があつたものとはみえず、他にかかる危険を冒すに至るべき有力な動機が認められないこと

(ハ)、被告芳郎の担当業務が前認定のとおりであつて、保護預りの業務はその担当外に属するものであつたところ、新堂からの保護預り株券を取出すにあたつて、当然提出さるべき同人名義の預り証を提出せず、保護預り担当の社員もたやすくその取出に応じ、二〇日以上もの長い間右預り証の回収を意に介しなかつたこと(証人田村の第一回証言中、被告芳郎から新堂名義の預り証が提出された旨の証言は証人早貸の証言及び被告芳郎の供述に照し真実に合致しないものと認める。)

(ニ)、成立に争のない甲第九号証によれば、被告橋本は昭和二八年四月一五日前記信用取引による損失につき毎月一〇〇〇円宛分割弁済すべき旨の念書を原告会社に差入れたことが認められ、その一〇日後である同月二五日被告芳郎が前記甲第二号証の手記を作成する当時、同被告としてはみずから右損失につき現実に責任を負うことがないことも予測され、上司である登坂の要求に対しても比較的容易に応じ得たとも考えられること

等を参酌すれば、相対立する前記各証拠のいずれに信を措くべきか決定し難いものがあり、結局前記株券の流用が被告芳郎の不法行為によるものであるとの原告の主張事実はその証明が十分でないものといわざるを得ない。

従つて被告芳郎外二名に対する原告の請求は爾余の争点について判断するまでもなく失当というべきである。

第二、被告橋本に対する請求について

(一)、被告橋本が昭和二七年末頃から原告主張の受託契約準則の趣旨に則り原告会社との間に有価証券の信用取引口座を設け株式の信用取引を行つていたこと、昭和二八年一月二六日原告会社が被告橋本の委託により東京海上株三〇〇〇株をその主張の価額で買付けたこと及び当時右信用取引の証拠金として原告主張の株式が差入れてあつたことは当事者間に争がない。

なお被告橋本は右株式の外に現金四二万余円を差入れてあつたと主張するが、これを認むべき適確な証拠はない。

(二)、被告橋本は右信用取引につき同年二月四日証拠金の追加差入を要求され、手仕舞を請求したと主張し、同被告の本人訊問の結果中には右主張に副う供述があるが、別に同被告の供述によれば、東京海上株の相場は右同日一株一一四〇円、翌五日一株一一四四円であつたことが認められ、証拠金代用の株式の時価からみてその追加差入を必要とする事態ではなかつたことが理解されるから、右供述はたやすく措信できず、まして被告橋本が東京海上株三〇〇〇株の売却を委託したこと及びその動機となるべき事情が別にあつたことを認めるに足る十分な証拠はない。

(三)、この点に関し同被告は、証拠金代用証券である日本光学株を同被告が任意処分することは原告会社が容易に応ずるところではないはずであるから、二月四日にこれら株式を売却したことは前記東京海上株三〇〇〇株の手仕舞がなされた証拠であると主張するが、代用証券たる株式の価格の変動と将来の推移とを参酌してこれを換価し、その代金を証拠金として差入れることは必ずしも受託者の承諾を得るに困難なこととは考えられず、従つて本件の代用証券の一部が二月四日売却されたことをもつて直ちに三〇〇〇株の東京海上株の手仕舞要求があつた結果であると断定すべきものではない。証人早貸、同田村の各証言及び前記甲第一〇号証の一乃至四によれば、右同日日本光学一〇〇〇株は一株一八〇円、手数料を差引き代金合計金一七万七三八八円で売却されたことが認められ、東京海上株三〇〇〇株の値下りによる差額と多少の相違があるだけであることは理解されるが、証人田村の証言(第二回)及び被告芳郎の本人訊問の結果によれば、右日本光学株一〇〇〇株は被告橋本の注文により昭和二七年一二月一日買受けたものであるが、昭和二八年二月四日以前に新株の割当があつたので、原告会社は同被告の依頼によりいわゆる権利落ちの株式として売却したというのであり、従つてその処分をもつて被告橋本の主張するような理由に基くものとしなければならない筋合のものでもない。

(四)、しかして東京海上株の相場が同年二月上旬以降値下りの一途をたどつたことは被告橋本の明らかに争わないところであり、証人早貸、同田村の各証言及び被告芳郎の本人訊問の結果によれば、同年三月四日の計算において証拠金及び代用証券の価格を計算すれば証拠金の不足を生ずる結果となつたので、被告芳郎は上司であつた登坂誠一郎の命をうけ被告橋本に対し証拠金の追加差入を請求したところ、同被告はその追加差入が困難であると答えたことが認められ、右認定に反する同被告の本人訊問の結果は措信できない。何となれば、同被告が右事実を否定する根拠たる同年二月四日の手仕舞要求が認められないこと前記のとおりであり、又右追加差入の拒絶があつたことを前提として考えなければ、その翌日にあたる三月五日に他人から保護預り中の株券を預託者の同意なくして被告橋本のための代用証券として差入れるという危険が冒されるに至つた理由が理解できないこと前段に検討したとおりであるからである。

(五)、従つて原告会社は昭和二八年三月四日前記東京海上株三〇〇〇株につき手仕舞をなすべき権利を取得したものであり、同時に相当の理由なくしてこれが手仕舞を延期したときは、これにより増加した損失については委託者に対しその責任を追究することができないものと解するのを相当とすべく、又もし委託者の希望により手仕舞の延期を承諾したときは、その後あらためて証拠金の追加差入を請求しその差入がない場合に初めて手仕舞処分をなすべきであつて、この請求をすることなくして任意の時期に手仕舞処分をすることは許されないものと解すべきである。然るに原告会社は右請求の拒絶を受けた翌日である三月五日、前記のように新堂清兵衛から保護預り中の株券を新堂の同意を得ることなく、又被告橋本に知らせることもしないで、右三〇〇〇株の信用取引の証拠金代用として差入れた形式をとり、同月三一日に至るまで被告橋本に対しては何等の追加差入も手仕舞も請求しなかつたことは同被告の本人訊問の結果及び前掲各証拠によつてこれを認めることができ、この認定に反し、三月五日以後追加差入を請求したという被告芳郎の本人訊問の結果は措信できない。従つて、右新堂所有の株券の流用が被告芳郎によつてなされたものか否かに関係なく、三月五日以後増加した損失については被告橋本はその支払の責を負わないものといわねばならない。

前記甲第九号証によれば、原告会社が被告橋本の証拠金代用証券を全部処分し損失額が明確にされた後である同年四月一五日に至り、原告会社は同被告から、その負担すべき損失の弁済として一ケ月金一〇〇〇円以上を分割支払うべき旨の念書を徴したことが認められ、被告橋本が右信用取引の精算の結果として相当額の債務を負担していることを認めていたものと判断できると同時に、その支払方法として約定した一ケ月の支払金額が原告主張の債務額と対照して異例の少額であり、従つてこの事実から推して、当時においては原告会社としても被告橋本の負担すべき損失額を現在主張するような多額のものと考えていなかつたことを物語るものということができる。

(六)、以上判断したところによれば、本件信用取引の精算の結果として被告橋本が原告会社に対して負担すべき債務の数額は、原告会社が昭和二八年三月四日前記東京海上株三〇〇〇〇株を売却処分した場合の損益計算によるべきものといわねばならない。よつてその数額を検討するに、証人田村健司の証言(第一、二回)及びこれにより成立を認め得る甲第七、第八号証並びに前期甲第一〇号証の一乃至四によれば、本件信用取引についての買付代金及び手数料並びにその継続手数料及び日歩が原告主張のとおりであり、その証拠金代用証券の前同日までの推移もまた原告主張のとおりであり、東京海上株三〇〇〇株及び代用証券たる日動火災株、東京海上株を前同日売却処分したものとすれば、原告主張のとおりの売却代金を得られ、その売却手数料を控除した残額と証拠金とをもつて前記債務の支払に充てるときは、原告主張のとおり金九万一七九一円の損失残額を生ずる計算となることが認められる。

従つて被告橋本の原告会社に対し負担する本件取引から生じた債務は右金九万一七九一円であり、同被告は右金額及び本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和二八年七月五日以降右金額に対する年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務を負うものというべく、同被告に対する原告の請求は右の限度において正当であるが、その余は失当というべきである。

第三、結論

よつて原告の本訴請求中、被告菅野芳郎、同菅野芳之助、同高橋賢一に対するものは全部これを棄却し、被告橋本不二雄に対する請求は主文第二項の限度においてこれを認容し、その余はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書、第九五条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾)

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